平成16年12月1日号
7ページ

  


柴田正己 戦争遺構研究会代表

 
  「英彰小学校階段室」I
     最近、近代建築の風格や表現が地域社会で再評価され
     保存運動への関心が高く、今後一層の精進を期したい


 NHK大阪放送会館・そごう百貨店などの優れた近代建築が保存の声も空しく取り壊されていった。
 昭和40年代後半から、近代建築の保存にかかわり、ささやかな活動を続けてきた(連戦連敗)。
 開発計画の中で取り壊されていく近代建築を少しでも残して欲しいと思ったのである。最近でこそ近代建築の保存はいくらか理解されてきているが、当時は優れた近代建築でさえも当然のように取り壊されていた。(当時、保存にかかわった建築の資料がダンボール箱に眠っている)。
 高度経済成長の時代には開発が優先され、近代建築は次々に姿を消していった。しかし、そんな中でも貴重な近代建築は歴史の生証人として保存しようという声は各地で起こっていた。それは、近代建築として価値が高いというだけではなかった。長い間、地域の人々に愛されてきた懐かしい建築を、地域社会の精神的な連帯のシンボルとして残したいというものであった。
 スクラップアンドビルドで近代建築が取り壊されていく中で、地域の人々に親しまれてきた近代建築を残す事が、歴史を感じさせる魅力的な町をつくる事につながると思ったのである。
 現代建築にはない近代建築の持つ風格や表現の豊かさが再評価されたのである。新しい建築の建設と同時に、歴史を生き抜いてきた近代建築を残し、新旧の建築を共存させる事が都市景観に深みを持たせるのである。
 豊郷小学校・大阪市中央公会堂をはじめとして取り壊しの危機を乗り越えて近代建築の多くが保存されている。それは、近代建築の魅力を地域の人々が再発見したからである。
 しかし、最近は外観だけが残され、内部が大改造されたり、一部の外壁しか残されないものも見られる。
 貴重な近代建築は外観だけでなく、内・外観共に保存し、その歴史的・文化的な価値を十分発揮するような保存・再生工事にしなければならい。
 現在、我々は大阪中央郵便局・阪急百貨店・東淀川の旧高射砲陣地などの近代建築・戦争遺構に注目している。いずれも貴重なものなので、都市景観や歴史の記憶を残す上からも保存を呼びかけていきたいものである。
 昔は建築の専門家が中心に保存の声を挙げていたようなところがあった。しかし、最近では地域の人々の都市や建築への関心の高まりの中で、大きく輪が広がってきている。長い間、近代建築や戦争遺構の歴史や保存について学んだ事が地域の人々の保存運動のお手伝いになればこの上ない喜びである。数少ない地域の歴史遺産・戦争遺構の保存を地域の人々と一緒に考えていければと思っている。お手伝い出来る事があればご連絡下されば幸いである。
 なお、当研究会の活動の一部はインターネットで紹介されている。

【写真】補修工事が進められる堺市立英彰小学校階段室(右側三角屋根部分。昭和13年竣工)。取り壊す予定であったが、卒業生・市民らの歴史の記憶を残しての声が出て残された(平成16年7月撮影)。《追記》英彰小学校のすぐ西側の貴重な戦争遺構の国枝医院が解体されているという情報が入った(11月7日)。


 3面から続き

−関空の件がまた注目を集めていますが、少し長く7月から3空港懇からの一連の流れがありまして、伊丹の縮小であるとか、環境対策費の問題であるとか、国もいろいろ打ち出して、一方で関空については、知事がおっしゃるように大分環境が変って来ました。
 伊丹とか関空とか個別ではなくて、3空港問題という、そもそもずっと地元で話し合ってきたテーマで見た時に、かなり明らかに国の特に国交省の姿勢というのは伊丹から関空へ誘導しようというのは、方向としてははっきりしてきました。元々地元で、なかなか調整がつかずに苦労していた部分があるんですが、その一連の今現在に至っている角度づけというか、方向性、3空港全体として見た時に、知事としてはどう評価しておられるのか。
 「関空の問題は、当初から3空港の最適運用というんでしようか、この3空港を関西としてどう使いこなすのか、供給量として過剰なのではないか、そこをどう整理しながら関空を生かしていくのかという議論の中で、関空の問題は整理していかざるを得ません。ですから、3空港の最適な運用をどう図るかという議論と、関空の2期事業をどのような形で財務、国土、両省に納得してもらうのか。これは同時並行で進めました。あくまでも関空救済のために伊丹の問題を考えたという事ではありません。これは、いわば市場メカニズムと言いますか、それぞれのエアラインやお客さんが決める事が多くの部分を占めていて、私どもはそれを前提に考えたわけであります。都市型の環境に優しい空港づくりという意味で、伊丹の姿を変えていこうという事で取った環境対策や騒音対策等などが、結果としてエアラインがその多くの部分を関空に移して関空ー羽田便等を増やすという結果につながったのです。また、一部港格(空港格付け)の問題とか、最終的には神戸空港をどうするのか、これまで議論してきた地元の輪などを活用して今後も引き続いて3空港を、特に私はあくまでも関空中心主義で貫けるように議論を続けていきたいと思っています」

発行所:大阪ジャーナル