平成17年2月1日号
4ページ

  


 日本文化の海外への紹介に功績のあった優れた著作及びその著者を顕彰し、併せて大阪の国際都市としての役割と文化・学術の国際性を高める第21回「山片蟠桃賞」に、オーストリア・ウィーン大学日本学科教授、同大学東アジア研究所長のセップ・リンハルト博士(59歳)が選定され、2月1日、北区中之島のリーガロイヤルホテルで表彰式が行われ、賞状及び副賞として3百万円が贈呈された。 

平成16年度(第21回)「山片蟠桃賞」表彰式

  受賞者ウィーン大学教授・セップ・リンハルト博士
         2月1日、リーガロイヤルホテル

日本社会での家族、労働、余暇をテーマに3者間の相互連関を追求
宴会芸「拳」の研究は意表をつき日本人の平等意識の底流を究めた


【贈呈理由】
  今日、世界における日本研究はますます専門化、個別化の傾向を見せ、日本の社会や文化についての全体像の把握や構造分析などの仕事は、遥か後景に退いていってるように見える。そのような状況の中にあって、今年度の山片蟠桃賞の対象になったウィーン大学教授セップ・リンハルト博士の研究業績はそれらの近年の諸研究とは類を異にして、際だった特徴を持っている。なぜなら同博士は社会科学者として日本研究に志して以降、一貫して、日本社会における伝統と革新、労働と余暇の持つ意味、そして家族構造の変容などの諸問題に関心を持ち続け、その解明のために個別・具体的なテーマを取り上げてユニークな研究を積み重ねてきたからである。
  中でも、日本人の伝統的な労働観と遊び心の世界にくさびを打ち込んだ「拳」の研究は意表をつくものであり、新鮮な研究であった。これは18・19世紀の日本社会で流行した宴会における拳の遊び心についての分析であるが、その一種の生活の芸道化といってもいい宴会芸の中に「三すくみ」の人間関係が封じ込まれていることに着目し、そこに日本人の平等意識が象徴的に表現されていることを明かにした。
  同博士の年来の関心事である労働と自由という、より包括的なテーマにもかかわる斬新な問題提起であった。
  次に特筆すべきは、現代日本が直面する困難な諸問題の中から特に高齢化社会の課題を取り上げ、家と家族に対する日本人の伝統的な意識がどのような変容もしくは持続性を示しているかを、柔軟かつ鋭利に分析して見せたことである。加齢による生活感覚の推移に注目するとともに、かつての隠居や親孝行の慣行がどのような特徴を示すようになったかなど、家族社会学的分野における重要な諸課題について意欲的な研究成果を発表してきた。
  以上述べたことから明かなように、同博士の研究は日本社会における家族、労働、自由(余暇)を中心テーマに据え、極めて早い時期から、その三者の間に見られる相互連関の問題に光を当てたものと言って良い。また同博士はつとにウィーン大学における日本学の指導的推進者として、同大学における日本学研究所設立に尽力するとともに、ヨーロッパにおける代表的な日本研究者として昭和63年から平成3年までヨーロッパ日本研究協会(EAJS)の会長も歴任している。以上の理由によって、同博士を今年度の山片蟠桃賞にふさわしい研究者として推薦する次第である。
【受賞者のメッセージ】
  大阪府から「山片蟠桃賞」受賞の知らせを受けた時、私は驚きとともに大きな悦びを覚えました。
  国内一般の評価はもとより、ウィーン大学内でも「妙な日本研究者」である我々にとって、直接日本から表彰されることは、彼らの再認識を促す良い機会となりましよう。グローバル時代の今日、民族間の文化の同一化が進む中、大学教育も文化研究活動を縮小、もしくは廃止しようとする傾向にあります。このような状況下で、異国文化研究に与えられる賞の存在意義は今後益々大きくなると確信いたします。
  「山片蟠桃賞」を頂くことは、身に余る光栄と存じます。
  今回の私の受賞を一番にお知らせしたい方は、現在ボン大学で教鞭を取られるヨーゼフ・クライナー教授です。1995年度、すでに本賞を受賞された先生はウィーン大学教授であられた時期、私を助手とされ、学究の道へ導いて下さいました。この紙面をお借りして、今改めてお礼を申し上げます。
  さて、私が今回の受賞を秘かな悦びとする二つの点をお知らせしておきたいと思います。まず一つは、この賞を「小さい国々」の研究者の代表として頂いたことです。ヨーロッパでもオーストリアのように小さい国では「日本研究」はあまり進んでおりません。研究者も学生もイギリス、フランス、ドイツなどの大国に比べると非常に少数です。
  もう一つは、この賞を「小さいもの」の研究者の代表として頂いたことです。私の一貫とした研究哲学は「小さいもの」の存在意義を明かにしていくということです。以前に研究した拳遊び、また現在研究中の流行歌、歌謡曲、菊人形、そして絵葉書等が、その「小さいもの」の事例として挙げられましよう。
  私は1967年に初めて日本を訪れ、大阪とは大分離れた札幌に留学しましたが、三十五年間の日本研究生活で、徐々に大阪に近付いてきたようです。特に「日本人の遊び心の歴史」の研究を通じて、大阪と大阪人がそこで如何に大きな役割を担ってきたかをよく認識いたしました。
  例えば、宝塚の小林一三、作曲家の服部良一、また菊人形の世界でトップに位置づけれられているのは大阪府の枚方市です。
  2004年から大阪の2大学がウィーン大学と姉妹校になったことなども、私の大阪接近に拍車を掛けられたという気がいたします。
  主な著書。
  「拳の文化史」(1998年=日本語)、「日本人の労働と遊び・歴史と現状」(国際日本文化研究センターの井上章一氏と共著=1998年)▽論文「1845年江戸の菊人形と十九世紀ウィーンの民族展覧会」(十九世紀における日常と遊びの世界一江戸・東京とウィーン」明治大学文学部2001)、「拳の研究の意味」『「翁」から「いじわる婆さん」へー日本における老人の社会史』(宮田登・新谷尚紀編『往生考。日本人の生、老、死』=小学館)

発行所:大阪ジャーナル